発言は個人の見解です
昔々、所属を明らかにしながら「発言は個人の見解です」みたいなことを、わざわざインターネットで書く人々があまり好きではなかった。所属を明記するのには、本人の意図にかかわらず、権威付けの効果があり、それを使いつつも逃げをうっているようで、かっこわるいと思っていた。「だれがいったかより、なにをいったかが大事」みたいな、2ちゃんねる精神もちょっとあったと思う。
その後、いろいろ転職したりしてわかったことが2つある。
- 会社によってはソーシャルメディア上での発言のポリシーとして、そう書かなくてはいけないことがある。
- そういうポリシーは、利害関係を隠して自社や競合について書くことを防ぐ、ステルスマーケティング防止の理由がある。
所属をかくしてハンドルネームで活動するような人々が、ふとした瞬間に「ああ、このひとはもしかしてこういう仕事なのか」とわかるような一面をみせたときに、それがかっこいい、という感覚はわかる。ただ、そのときに自分の勤務先からうける影響を完全に消すのは難しくて、結果としてそれがステルスマーケティングみたいになってしまうことはあるんじゃないかと思う。あえて自分の仕事のまわりには関わらない、という一線をひいている人もいるのかもしれない。
本名
わたしは、昔に Eric S. Raymond のハッカーになろうを読んで、
ハンドル名にまつわる問題については、もうちょっと詳しく書いておきましょうか。ハンドルの陰にアイデンティティを隠すのは、クラッカーや、warez d00dz や、他の下等な生の形態に特徴的な、子どもじみた愚かな行動です。ハッカーはこんなことはしません。かれらは自分たちがやることに誇りを持っていて、それに本名で関わろうとします。だからもしあなたがハンドルを持っているのなら、それをお捨てなさい。ハッカー文化において、それは敗者の印にしかならないでしょう。
と書いてあったのと、実際に当時に私が関わろうとしていた Linux とかオープンソースの界隈では本名で活動している人々が多かったので、それ以来ずっと本名で活動している。
「ハッカーになろう」はだいぶ古い文章だし、本名で活動するのに色々障壁がある人々もいるだろうから、私自身は特に本名で活動するのをおすすめはしない。たとえば、男性がすごく多いジャンルで女性らしい本名で活動すると面倒なことになりがち、みたいなことはあるのかもしれない。