X (元 Twitter)
- 2007-12 - アカウント作成
- 2025-01 - Elon Musk のナチス風の敬礼 を期に休止
- 2025-10 - 転職を期にアカウント再開
- 2026-01 - 過去の投稿を削除
転職したとき「スタートアップ社員たるもの、政治的な色々のこだわりは一度おいて、使えるチャンネル全てで会社を推していくべきではないか」と思って再開してみたのだけど、宣伝の投稿もしてもあんまり伸びないし、あきらめて終わりということにした。アルゴリズムが変わったのかもしれないし、そもそも宣伝味が強すぎたのかもしれない。
2025年に休止したときは、福地さんの SNS から距離を置くことにした (2025) と同じ気持ちで、
さて、であるならば、SNS のアカウントなんかはとっとと消してしまえばいいではないか… とは何度も思うのだが、一方で、一度ネットに送り出した情報はできるだけ消さないで残しておくべきである、という昔からの因習が、アカウント削除を躊躇させるんだよね…
過去の投稿の削除まではふみこまなかったのだけど、今回はそれも削除してしまったので、本当に終わり。投稿を消すのには lucahammer/tweetXer を使った。
ミニブログという形態の限界
X の嫌さ、アルゴリズムみたいな「味付け」から来る部分もあるけれど、そもそもミニブログという形態に起因するところも多分にある。ブログを書けない/書かない人々をインターネットの書き手にまわしたことは良かったけれど、そこで終わりで、意味のある対話や議論ができる場所にはなれなかった。
その点では、Mastodon や Bluesky も、人が増えたら難しいかなと思ってしまう。
Bluesky チーム自体が書いている 2026年のBluesky予測 で、
私たちはBlueskyを、ウェブという大海原へサーフィンに出かける前に立ち寄る「ビーチパーティー」のようなものだと考えています。
人々が集い、交流し、笑い合い、知恵ある人々と出会い、互いに情報を交換し合う場です。そして、大きな見逃せない「波」を見つけたなら、それを捉えるために沖へと漕ぎ出します。
その「波」は、じっくり読みたいニュース記事かもしれません。声を出して笑ってしまう動画かもしれません。あるいは、映画館に出向いて観たい映画かもしれません。
ユーザーを罠にかけて閉じ込めるように設計されたプラットフォームから離れ、「インターネットは生活を消費するために構築されるべきではない」とはっきり言えるような空間へと人々が移動するにつれ、ダラダラとしたスクロールは減り、より意図的な利用が増えると予測しています。
としているのは、形態の限界についての自覚が感じられて、それは良かった。